中国一の裏切り男(十八)

南京西流湾八号に、周仏海先生の屋敷はある。三面をとり囲む碧水に柳の葉がしだれかかり、青々と立ち並ぶ竹林が水面に翡翠色の光を添える。二階にバルコニーを配した西欧風のレンガ建築上に中国風の土壁が腰を据え、その上には瓦屋根を載せている。まずは洋…

中国一の裏切り男(十七)

南京西駅近く、下関の船着場は内陸へと疎開する人々でごった返していた。和平への望みは捨てていない周仏海だが、いざ妻子を送り出すとなると、情勢の厳しさが身に沁みる。高調に抗戦を訴える声は天下に満ちているが、勝算ありとする声は聞こえてこない。人…

中国一の裏切り男(十六)

七月二十五日 北平―天津間の廊坊駅を日本軍が占拠 七月二十六日 北平城広安門にて両軍衝突 七月二十七日 平津方面の日本軍が総攻撃を開始 七月二十八日 宋哲元の第二十九軍、北平放棄を決定 七月三十日 天津放棄 首都南京は特別市であり、江蘇省の首府は長江…

中国一の裏切り男(十五)

周仏海は「またか」と思った。 民国二十六年七月七日、北平郊外の盧溝橋で日軍が宋哲元の第二十九軍を攻撃したらしい。華北で日本軍が挑発的行動をとったのは、これまで一度や二度ではない。無論人並みには憂憤の情を掻き立てられぬこともないが、雨は降るし…

中国一の裏切り男(十四)

蒋中正の弟子たちが喜んでいる間、改組派の面々は不景気な面を並べていたが、なにせ国民党である。そうそう退屈はできない。 「張学良と共産党が結託している件は、お聞きになりましたでしょうか」 以前に張学良の秘書を務めていた銭公来が、真剣な面持ちで…

中国一の裏切り男(十三)

民国二十四年十一月一日、中国国民党四期六中全会が南京にて開催された。開幕式典の最後に中央委員全体の写真撮影を終え、皆が身を翻してぞろぞろ引き揚げていると、前列の方からパンパンと破裂音が響いた。 「何故爆竹を鳴らすのだ、やかましい」 「商店で…

中国一の裏切り男(十二)

上海の戦火は熄えたが、江蘇省の学生は一向に教室へ戻ってこなかった。江南でのドサクサに紛れて東北では清朝の廃帝溥儀を執政に担ぎ出されて満州国が建国される等、国民が怒る理由には事欠かなかったが、怒ったところでそこらへんに倭寇はいない。従って、…

中国一の裏切り男(十一)

「上海に事件が発生せし時、我々は苦痛を忍びて日本の要求を受け入れたにもかかわらず、倭寇はなおも乱暴に脅迫せり。再三我が上海防衛軍を攻撃、民家を爆撃し、市街を破壊せり。同胞は悲惨にも蹂躙され、邦家は滅びんとす」 淞滬事変勃発を受けて、蒋中正将…

東京への対抗意識を失った大阪

今日五月十七日に投開票を迎えた所謂大阪都構想は、極々僅差ながらも反対多数で否決された。 今回の住民投票は大阪市民のみを対象としていたが、全国の注目を集め、大阪市西区堀江出身の私はもちろん強い関心を寄せていた。 巷間ではNHKの世論調査によれ…

中国一の裏切り男(十)

政治家となった周仏海先生は、元第一師団長の顧祝同省主席に招かれ、江蘇省政府委員兼教育庁長の官職を得た。江蘇は南京市や上海市と境を接する長江下流域の先進地帯であるから、座り心地の悪くない席である。 周仏海先生が教育庁長として最初に取り組んだ仕…

中国一の裏切り男(九)

「日本帝国主義の圧迫、共産党による工作と、我々の党は存亡の危機に瀕しておる。このままでは、革命の失敗は免れぬ。諸君らは一体何をやっているのか、そのまま指をくわえて革命の失敗を見ているつもりかね」 汪兆銘ら国民党改組派や共産党による工作に対し…

中国一の裏切り男(八)

蒋中正は数の上で優位な軍閥をモグラ叩き式に打ち破ったが、これは勿論偶然でも天の助けによるものでもない。国共合作時期にソ連を訪ねた際、彼が注目したのはソビエト共産党の組織管理手法だった。つまり、特務工作政治である。 北伐前の広州で共産党ともめ…

中国一の裏切り男(七)

北伐を完成させてから三ヶ月後の双十節、蒋中正は国民政府主席に就任した。国民革命軍総司令が采配する革命戦争の時代は終わりを遂げた。 孫中山は民主共和国建設に当たり、その辿るべき段階を三つに分けた。革命軍が国家を指導する軍政、国民党が中国人民を…

中国一の裏切り男(六)

年が明けて民国十七年一月、蒋中正は南京にて国民革命軍総司令への復職を宣言した。自ら望んでの復職ではなく、わざわざ外遊先の日本から呼び戻されての復職であるから、万事蒋中正の好きなように事を運べなければ嘘である。 これまで散々蒋中正と揉めてきた…

「日雑」とは

中国のネットを見ていると、猛烈な日本フアンをよく見る。所謂「哈日族」という語彙を目にしたことのある方もおられるとは思うが、その「フアン」の程度は日本のコンテンツを消費するのに止まらず、甚だしきは「日本人になりたい」或いは「日本人に生まれる…

中国一の裏切り男(五)

武漢の汪兆銘が反共姿勢をとったことで、南京の蒋中正との対立理由は消滅した。これで国民党は一致団結、一気に北伐して中国を統一したのかと言えば、話はそう滑らかに進まない。 南京も揉めた。 蒋中正総司令率いる国民革命軍主力は、南北中国が交わる中心…

中国一の裏切り男(四)

共産党が主導権を握る武漢国民政府を脱出した周仏海先生だが、やっとの思いで上海までたどり着くと、どういうわけか、蒋中正将軍の指導する南京国民政府の警官隊に逮捕された。 そんなわけで牢獄にぶち込まれたが、先生は中国共産党の元祖闘士とはいえ、これ…

中国一の裏切り男(三)

北伐戦争は順調に推移したが、こうなると面白くないのは共産党と国民党左派である。兵力で以て強引に主導権を獲得した蒋中正将軍は、北伐軍の輝ける総司令として民衆のヒーローになろうとしている。 コミンテルンのボロージンは、国民党各党部の左派に声をか…

中国一の裏切り男(二)

さて、広州で国民党中央宣伝部秘書の位についた周仏海であるが、中国共産党留日代表のようにはいかず、こちらはしっかりと実務がある。早速、香港で発行する機関紙の総主筆を任された。大役であり周仏海先生もさぞ喜んだと思うが、いきなり新聞の編集長をや…

中国一の裏切り男(一)

昨年来、周仏海という人物について調べている。 特別何かえらい事をやった男でもないが、軽薄無双、中国一の裏切り男である。 清末に湖南省は阮江という、古くは「南蛮」と呼ばれた少数民族地帯にほど近いクソ田舎に生まれ、地方役人の父をもった関係か母親…

国家の擬人化について ある中国人の「日本萌え」と日本人の「台湾萌

今更ではあるが、「擬人化」という試みがある。昨年あたりから「鑑これ」なる軍艦を女の子としてキャラクター化するゲームが流行しており、「潜水艦伊―57のおしっこが飲みたい」という過激分子も出ているが、軍艦に限らずモノ一般を女性、或いは男性でもい…

人探し

人探しがしたい。果たして本人がまだ存命かも知れぬ上に、本人が名乗り出るのは難しそうではあるが、会って欲しい人がいる。 事情を話せば長くなる。私は昨年来、中国のインターネット掲示板にて「日本人だけど質問ある?」スレを立て、中国人民による日本に…

大阪都構想は兵庫県消滅を招く

2017年、長年懸案とされて来た大阪府市の対立に端を発した大阪都構想のゴールによって「一つの大阪」が達成され、東京都制施行このかた東京の格下と位置づけられていた屈辱を晴らした快挙により、浪花の街は沸き返っていた。 淀屋橋の大阪市役所では早速市民…

南京国民政府雑記

マカオ大地出版社より一九六三年に出版された『汪政権雑録』を読んだ後の整理として、汪精衛政権成立までの経緯を詳述、その後の顛末を簡単に記す。この本はなにせ雑録であり体系的に汪政権について詳述した本でないため、自分の記憶や他の書籍も参考にしつ…

浜離宮に遊ぶ

休みに何処かへ出かけると言っても、映画を見たり美術館の展示を見たりするのは別として、出かけるに値するような場所は案外少ない。特に休日繁華街に出かけるのは愚の骨頂と言うべきであり、普段と同じ街に人が増えて歩きにくくなるだけであって、愉快なこ…

紅衛兵の発生過程

今学期は「社会主義・共産主義」を受講しており、レポートを趣味で書いたので、一部改変を加えた上で転載する。なお、元々は紅衛兵運動の分析として、紅衛兵世代の「暗黒の国民党反動派を打倒して成立した新中国」に生まれた第一世代が、反動派を打倒した「…

東京都知事選に寄せて

教場試験を二つ終えて、まだなにか書きたい気分になったが、レポートを書くほどの気力もなし、大阪人ながら毎日せっせと東京都にたばこ税を払っている東京都民として都知事選について思うところがあるので、自分の考えを纏める意味も兼ねて好き勝手書く。好…

近況

近頃ミクシーもめっきり寂れ、長文で以て日々の愚痴やら思いつきを垂れ流す場を失ったので、ブログを始めることとした。思えばテキストサイトが流行したのは今や十年以上の前となり、爾後ブログからミクシー、Twitter、Facebookと、主要なツールは移り変わっ…