中国一の裏切り男(十四)

 蒋中正の弟子たちが喜んでいる間、改組派の面々は不景気な面を並べていたが、なにせ国民党である。そうそう退屈はできない。
「張学良と共産党が結託している件は、お聞きになりましたでしょうか」
 以前に張学良の秘書を務めていた銭公来が、真剣な面持ちで陳公博に語りかけた。
「いや、聞いていないがね。ただの噂でしょう」
「いえ、確かな情報です」
 銭が語るところによれば、西北で共産党討伐の任に当たっている張学良は、既に数次にわたって共産軍に敗れたため、共産軍に恐れをなしている。さらに、張学良が北平を離れて以後、北平の部下が失業している。また、CC系の連中が官職を壟断して張学良系の人物があぶれているため、南京から心が離れている。
「陳先生、このままでは張学良は破滅です。国家のため、張学良のため、友人である先生から説得してはいただけますまいか」
「そうだとしても、まだよく分からない。一体どのように結託しているのかね」
「張学良が共産軍と戦闘をしなくなって、もう半年になります。しかも、張学良は密かに武器を共産軍に横流ししているようです」
銭は言い終わると、深くため息を吐いて頭を抱えた。
これは冗談で済まない。陳公博は太い眉の下の目を大きく目を見開いて「そんな大事、蒋先生の耳に届いていないのかね」と叫ぶ。
「わかりません。もしかすると、少しは耳に入っているやも知れません。とにかく、張学良が共産党と結託しているのは事実です」
事実なのは疑わないにせよ、まだまだ不明な点がある。共産党と戦わないにしても、なにも結託することはない。
「一体全体、どういう名目で結託しているのかね」
「西北では、抗日と故郷東北への帰還を叫んでいます」
陳公博は思わず噴き出した。そんな馬鹿な話はない。
「張学良と言えば、有名な不抵抗派ではないか、言うに事欠いて抗日とはまた」言い終わると再び体を震わせたが、銭公来は真面目な顔をしている。
「いえ、自然なことです。張学良は東北で戦をするのが怖かったので、抗日をやらなかったのです。それが、今度は西北で戦をするのが怖くなったので、故郷へ帰りたくなったのです。おそらく、彼が戦をやりたくないのは本心で、抗日は建前でしょう」
 語り口は真剣だが、内容はやはりバカバカしい。しかし事態は笑い事ではない。張学良への説得を快諾した。
快諾はしたが、張学良は南京に来ないし、陳公博も西安へ行く機会がない。代わりに蒋中正に報告すればよさそうなものだが、陳公博先生はもちろん蒋中正が嫌いである。蒋中正も陳公博が嫌いである。わざわざ訪ねるのも気が進まぬし、誣告ととられては堪ったものではない。よって、何もしなかった。

西安へ督戦に赴いた蒋中正は民国二十五年十二月十二日、華清池にて張学良の叛乱により囚われの身となった。

「政治外交の支柱であり、全軍の統帥である人物を拘禁する救国があるか」南京は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、何応欽は「蒋委員長の身に危険が及ぶ」と止める声も聞かずに討伐軍を進発させた。共産党の根拠地保安では、毛沢東らが「千載一遇の好機、人民裁判にかけて処刑せよ」と息巻いた。
 東京では「コミンテルンの謀略」と大騒ぎし、モスコーは「日本帝国主義の謀略」と騒ぎ立てた。
 
ドイツで療養中の汪兆銘先生は蒋中正がまさか生きて還ってくると思わず、「全権を掌握する好機到来」とばかりに船に乗り込んだが、船がインド洋に出ないうちに張学良が怖気づいて蒋中正ともども無事南京に帰還、西安事変は終わっていた。

遥々帰ってきた汪兆銘先生はまるで馬鹿を見たようだが、ともかく周仏海らが香港まで汪兆銘を出迎え、西安事変の経緯を説明しながら南京へ戻った。戻ったからには、そのままドイツへ引き返すのもバカバカしいので、当然改組派ともども復職する。
陳布雷が周仏海に伝えるところによれば、陳公博が民衆訓練部長に内定したらしい。
「君は江蘇省教育庁長に逆戻りらしい。残念だったけど、気を落としなさんなよ」
「いやなに、吾輩が気にすることではないさ。思いもよらず転がり込んだ部長の椅子だ、今回失うのは当然のことさ」涼しい顔を作って答えたが、意外だろうと当然だろうと悔しいものは悔しい。かくて、周仏海先生の入閣は、一年余で幕を閉じた。